「ねえ、君達、僕は絶対にあの空を飛んでみせるよ」とチキは、事あるごとに仲間達にこのささやかで壮大な夢を熱く語った。ところが仲間達は、チキが普段から、水の外にジャンプして餌を捕まえるのもやっとで、何かにつけてビクビクおどおどしているのを知っていたから、何を言ってるんだ、とハナから相手にしてくれなかった。「水から顔を出すのも怖いお前には、そんなこと出来るわけないさ」「お前に出来るのなら、今ごろは俺達、とっくにあの空の上を泳いでるさ」そうからかっては、一斉にケタケタ笑い出すのだった。それでもチキはめげなかった。
(でも、こんなに臆病な僕でも出来ることがあるんだって事を、何とかして証明してやりたいんだ。それにあの、青空の吸い込まれそうにキラキラして清々しいこと! 皆が寝静まる頃の星空の、せつないこと! ああ、何とかして僕は行ってみたい、あの空へ……)
そう、今夜のような満月の晩には、彼はきまってこの手の物思いにふけり、それになんだか、身体じゅうが疼くような、自分だけではどうにも抗いきれないような、何か強い力に吸い寄せられるように、水面ギリギリまで上がって、月の光を見つめていた。水面に映る月は、夜風に揺れる水に踊らされて、ゆらゆらと手招きするように、チキを見下ろしていた。
はじめに
第一章:あこがれ
第二章:せせら笑いと月の夜
第三章:飛翔
第四章:リーダーチキ
第五章:ヤマメの銀河
第六章:人々
第七章:理(ことわり)
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